※海星ホームページTopには、様々なカテゴリがあります。詳細な行事予定につきましては、Topページ『月間行事予定表』からお入り下さい。
■マリア会姉妹校HP紹介
1888年(明治21年) 暁星学園創立 東京
1892年(明治25年) 海星学園創立 長崎
1898年(明治31年) 明星学園創立 大阪
1946年(昭和21年) 光星学園創立 北海道
■平成28年度 第2回高校オープンスクール 7月23日(土曜)
2日続けて雨が降っていない朝は久しぶりです。
太陽が見えます。
昨日午後からも時折太陽が見えましたが、降り続いた雨のため湿度を感じずにはいられない1日でした。しかしながら、普段より多量にかいた汗でスッキリできた朝を迎えた人もいるのではないでしょうか。本日は定期考査2日目です。
新校舎の工事が着々と進んでいます。
中央館立て替えは、来年迎える125周年記念事業です。1892(明治25)年に誕生した海星学園は、今まで多くの卒業生を輩出しています。
各クラブ活動にも深い歴史ががそれぞれあります。
平成28年度長崎県高校総合体育大会で、18連覇を達成した男子硬式テニス部をはじめとする、各クラブ活動の表彰がおこなわれました。
表運動部のみならず、文化部や125周年記念事業に関する表彰(後日お知らせします)など、多岐に及びました。
また男子硬式テニス部は 九州総体でダブルスで優勝し九州制覇・団体では準優勝、全九州大会でラグビーフットボール部は第2位ブロックで準優勝の結果でした。
女子サッカー部の準優勝をはじめ、今年の高総体・つづく九州総体でも選手の皆さんは多くの経験を積み、応援する私たちにも大きな感動を与えてくれました。
今日は18連覇を達成した、その男子硬式テニス部の歴史についてご紹介します。
出版されている『全国高等学校体育連盟テニス部・高校テニス100年史』によるとテニス全国大会の歴史は古く、全国大会第1回は1934(昭和9)年に開催されています。海星学園はその頃創立43年目。
全国大会に長崎県代表が登場するのは、1965(昭和40)年・第23回大会から。
その第23回大会の県代表校は佐世保北高校で、1回戦・松本県ケ丘高校(長野県)と対戦し2-1で勝利、2回戦シード校・市岡高校(大阪府)に3-0敗戦しています。
海星高校男子硬式テニス部が全国大会に登場するのは、なんと翌年の1966(昭和41)年です。
しかし初出場のその全国大会では1回戦で太田高校(群馬県)2-0で敗戦しています。
その後長崎県代表をめぐる代表決定試合は王者・佐世保北高校が続きますが群雄割拠のまさに春秋戦国時代が続きます。
佐世保北高校が、翌昭和42年大会で再び長崎県を制し7連覇を達成。その後昭和49年大会で長崎北高校が初優勝。
昭和50年大会から海星が7連覇。そして再び佐世保北高校が優勝、続いて長崎北陽台が2連覇(初優勝・昭和58年)・その後王者佐世保北高校が優勝と4強が競り合います。
再び海星が優勝するのは昭和61年。これから平成2年まで5連覇。
平成3年に北陽台高校が優勝し長崎県代表となりますが、平成4年海星男子硬式テニス部が優勝し4連覇。
平成8年西陵高校優勝(初)、平成9年海星、平成10年島原高校優勝(初)。
そして翌年の平成11年に海星優勝、以来今大会まで18連覇が続いています。
「積み上げてきた歴史の中で、負けられないプレッシャーを感じながら試合に臨みプレーする先輩は、精神力が凄いとただただ驚きました。」とは、今年入部した一年生部員の言葉です。
「海星がゲームを落とすと、試合会場が独特の雰囲気になるときもあるんですよ。」
海星100周年記念誌には『昭和40年から長崎県高校総合体育大会には硬式テニス競技が始まった。』と、記録があり、東口亨先生が顧問に就任した時代になると同時に連続優勝などの記録を数々と樹立したと記されています。
『昭和五十年代には2年連続して全国大会ベスト8に入り、平成5年12月現在・東口亨監督は長崎県高校総合体育大会で14回も王座に就いている。九州総体で柳川高校と対戦しダブルスで勝利・優勝したOBは青山学院大学に進学し東京ディズニーランドへ進学し、香川県で開かれた国体で活躍したOBは…。』
と、海星100年誌は続きます。
2008(平成20)年より東口嵩先生を監督に迎えました。先述通り連覇は続き、今年九州総体で成し遂げたダブルス戦・九州制覇(団体戦・準優勝)。
「伝統とは、守るだけではなく、創り上げていくものである。」
硬式テニス部をはじめとする海星高校各クラブ活動の活躍に、これからもどうぞご期待下さい!
※写真は、男子硬式テニス部・表彰の様子。
■7月4日