私にとっての「平和」とは


 

高校第2回オープンスクール・中高合同個別相談会

■近年の進路実績

 

8月最後の週の空には青空が広がっています。今朝の気温は25℃、日に日に朝夕が過ごしやすくなっていきます。

 

お知らせ

「NCCながさき」にて、9月3日(土曜)午前10時30分より特別番組「星を継ぐものたち~海星学園130年の伝統と新たな歴史~」が放送されます。是非、ご覧下さい。

 

私たちにとっての「平和」とは

 

さて、長崎に原爆が投下されてから77年となった8月9日、爆心地近くにある長崎市の平和公園にて「被爆七十七周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が行われました。

 

本日は、式典の司会を務めさせていただくことになった放送部の活動をご紹介します。

 

 

式典が始まり、平和を願う「長崎の鐘」が打ち鳴らされた後、遺族代表による、新たに原爆死没者となられた3,160人のお名前が記された名簿の奉安が行われました。

 

田上富久市長の平和宣言に続き、参列者による「献水と献花」。そのアナウンスの一節。

 

「捧げます清らかな水は、長崎市内江平の穴弘法奥の院の水をはじめ、西町、西山、三ツ山など被爆者が求めた長崎市内、東西南北の水と、『平和の泉』の水です。」

 

司会である本校放送部の生徒の声が会場に響きました。本校が司会として式典に参加させていただくのは初めてのことです。

 

司会を務めることが決まってから1カ月間、進行台本の内容がおおかた決まってから約2週間ほどの練習期間で、本番の日を迎えました。

 

 

読み上げのタイミングを計る練習を重ねながら、伝え方について顧問の先生からのアドバイスを受けました。

 

「参列者の方々に敬意をもって伝えるアナウンスを心がけてほしいです。そのためには、普段から日々の生活の中で、自分が接する人たちと、お互いを尊重する関係を築くことが大事です。その関係の中で、場にふさわしい話し方や振る舞いや、表情がおのずと分かるからです。」

 

 

そして、本番の日。

 

冒頭のアナウンスの一節を読んだ山下さんは、原爆投下時刻の午前11時2分に黙禱のアナウンスを行いました。

 

被爆3世でもある山下さんは、「自分たちの声が祈りとなるように」イメージして、原稿台本と向き合ったと言います。

 

 

「朗読部門の放送大会に参加してきた私は、77年前のあの日に、水を求めながらお亡くなりになった方々の気持ちを想像して、原稿をよむことを心掛けました。」

 

部長の今道さんが話してくれました。

 

「また、国内外からお越しの来賓の方々のお名前を読み上げる場面では、読み間違えがないように、すべて暗記し本番に臨みました。式典が終わった後も、この貴重な経験を通して、平和に関わるニュースに目を通したり、考えたりする時間が増えました。」

 

 

式典の記録係として関わった放送部員の田中君は、PRESS撮影担当として活動しました。

 

「人はそれぞれ戦争について考えることは違うと思いますが、心を通じ合わせることができたら、戦争が無くなる平和な世界へとつながると考えさせられた式典でした。外国の報道記者の中にいながらの撮影で緊張しましたが、国内外問わず、世界平和を願ってやまない人たちの息遣いを感じることができました。」

 

 

今年は、新型コロナウイルス感染防止のため規模を半分以下に縮小して開催されましたが、式典には米英中仏印、イスラエルの核保有6カ国など過去最多の83カ国が参列しました。

 

平和な社会をつくるために、私たちができること。

「一人ひとりが自分にとって『気になる』ところから小さな行動を起こすことで世界は変わっていくはずだ」と、3人が口をそろえて話してくれました。

 

「放送」という自分たちが関心のあるテーマから、一人ひとりの平和の「定義」を考えていくことができた放送部の皆さん。

 

 

「平和」という言葉を発するとき、それが意味するものは一人ひとりが過ごした環境や、関わってきた人などによっても大きく違うことでしょう。

 

放送部3年生の皆さんは、この式典をもって引退となりましたが、今回の式典参加から得られたことを今後の進路活動に活かしてほしいと願います。

 

※写真は、平和祈念式典に参加した放送部の様子。